flumpool - フレイム『鏡頭』
作詞:山村隆太
作曲:阪井一生
翻譯:時雨
舞い上がる花
作曲:阪井一生
翻譯:時雨
舞い上がる花
輕舞飛揚的花
アスファルト叩く向かい風吹く阪道 上ってく
アスファルト叩く向かい風吹く阪道 上ってく
輕叩柏油路 微風拂面的坡道 信步而上
破れた靴を気にしないように
破れた靴を気にしないように
為了不去在意破損的鞋子
新しい景色だけを見據えている
新しい景色だけを見據えている
我一味地凝視著別樣新穎的風景
走った分だけ 磨いた分だけ
走った分だけ 磨いた分だけ
走了多少路 磨壞了多少雙鞋
すべて報われるわけじゃない
すべて報われるわけじゃない
一切並非一定會有回報
それでも時々見える希望(ひかり)に
それでも時々見える希望(ひかり)に
即使如此 也還是被偶爾遇見的希望
心奪われて
心奪われて
懾了心神
また立ちあがって 歩き出す
また立ちあがって 歩き出す
再次起身 跨步
指で創ったフレイムを覗きこめば
指で創ったフレイムを覗きこめば
透過手指擺出的鏡頭窺視
遠くで手を振る 真っ白な僕がいる
遠くで手を振る 真っ白な僕がいる
窺見了遠遠揮著手的純白色的我
こんな風に生きてんだって
こんな風に生きてんだって
即便我的人生是這樣走來的
たったひとつ光る瞳で Yesと答えたい
たったひとつ光る瞳で Yesと答えたい
我也只想用閃亮的眼眸 回答Yes
自分で良かったと思える瞬間を追いかけて歩く
自分で良かったと思える瞬間を追いかけて歩く
馬不停蹄地追逐著 能讓自己覺得不枉此生的瞬間
生きてゆくよ
生きてゆくよ
漫步人生路
背中を押され 聴こえるは愚癡で
背中を押され 聴こえるは愚癡で
被推擠 滿耳充斥的是愚蠢的抱怨
通り雨を恨むような しかめ面で
通り雨を恨むような しかめ面で
猶如憎恨陣雨搬的愁眉苦臉
安物のシャツ
安物のシャツ
廉價的襯衫
破れば古著に見えるとつぶやく背中泣いている
破れば古著に見えるとつぶやく背中泣いている
唯恐破損成襤褸而暗自哭泣
誰もが何かを決める時に よぎる苦い思い出は
誰もが何かを決める時に よぎる苦い思い出は
無論誰在作出某些決定的時候 腦海中浮現的苦澀回憶
これから出會う寶の価値を測るためにある
これから出會う寶の価値を測るためにある
都是為了權衡今後將會遇到的珍寶的價值
摑み取るものの愛しさを
摑み取るものの愛しさを
丈量對手中緊握的一切的珍愛
今がすべてで現在(いま)がすべてじゃないと
今がすべてで現在(いま)がすべてじゃないと
此刻就是一切 現在又不是所有
逃げたり慰めたりしながら進んで
逃げたり慰めたりしながら進んで
就這麼自我逃避 自我安慰著 邁步前行
花びらが舞う風の中僕は
花びらが舞う風の中僕は
花瓣飄舞的風中 我
ひとつ ひとつと 足跡を殘してゆく
ひとつ ひとつと 足跡を殘してゆく
留下一個又一個足跡
せつなさや虛しさの瓦礫の中
せつなさや虛しさの瓦礫の中
在悲傷與空虛的廢墟中
もがきながら 希望(ひかり)探している
もがきながら 希望(ひかり)探している
不斷掙扎著 尋找著希望
孤獨な旅路は 阪を登る途中 …それこそ夢
孤獨な旅路は 阪を登る途中 …それこそ夢
孤獨的旅途 登坡的途中…這便是夢想
指で創ったフレイムを覗きこめば
指で創ったフレイムを覗きこめば
透過手指擺出的鏡頭窺視
遠くで手を振る 真っ白な僕がいる
遠くで手を振る 真っ白な僕がいる
窺見了遠遠揮著手的純白色的我
くたびれたリュックは空っぽのまま
くたびれたリュックは空っぽのまま
破舊的背囊依然空空如也
それでも微笑(わら)って Yesと答えたい
それでも微笑(わら)って Yesと答えたい
即便如此 我依然想笑著回答
Yes
自分で良かったと思える瞬間
自分で良かったと思える瞬間
馬不停蹄地追逐著 能讓自己覺得不枉此生的瞬間
この世に出會えて良かったという瞬間
この世に出會えて良かったという瞬間
讓自己覺得不枉來此人世的瞬間
自分で良かったと叫びたい瞬間を追いかけて歩く
自分で良かったと叫びたい瞬間を追いかけて歩く
讓自己想要大喊 能成為我自己真是太好了的瞬間
生きてゆくよ
生きてゆくよ
漫步人生路
很喜歡這首歌
人生是為自己而活
就算遭到推擠
滿耳充斥的是愚蠢的抱怨
就算在旅途中孤獨
在悲傷與空虛的廢墟中
不斷掙扎著 尋找著希望
也要能驕傲的對自己說 Yes